そう

それを例えるなら

彼女は

とても脆い、儚い精神を持った

 

こどもだった

 

 

 

 

 

 

Seven Stars

 

 

 

 

 

 

『6時までには帰るから』

 

とそう言ったのは私だった

いつもは本当は早く大学の講義は終わるのだけれど、

今日はたまたまサークルの飲み会に出席してほしいとのことだった

今まで何度も断ってきてたから今回は断るに断れず、1次会で抜けるとのことで参加した

そう、そのつもりだったのに

つかまってしまった

友達にいわせると、その青年は私のことを好いていてくれるらしい

わざと私と同じサークルを狙って入ったりまでしたのに私がほとんど参加しないことに落ち込んでたそうだ

今回、初めて出席すると知ってとてもよろこんでいたとのことだ

 

「じゃあ私はそろそ…」

と告げ、席を立つと事情を知ってる友人達が面白がって私をなかなか帰してくれなかった

困り果てていると、その青年は私の裾を引っ張って、一言。

「帰っちゃうの?」

その容姿に聖を重ねてしまい、思わず笑みがこぼれる

それを違う意味と取ったのか、その青年は嬉しそうに座ってよと促してきた

しまったと思ったのは後の祭り

友人達は私と彼を隣に座らせ、えんやえんやとはやしたて始めた

この状況では何を言っても無駄だと観念し、チラリと時計に目をやるともうすでに6時を過ぎていた

 聖はご飯を作って待っていてくれているのだろうか

とにかく一言で伝えねばと携帯を手にして気付く

この周りの騒ぎ様と嬉しそうに照れくさそうに話し掛けてくる彼の声を

受話器の向こうで聞き取った聖はどう反応するか

 

それは決して良いものではないとすぐに判断できた

 

彼女は怒鳴ったり泣いたりしない

ただそのぶん静かに何もなかったかのようなオーラを放つ

 

私はせめて怒鳴ったりしてくれた方がいいと思うくらいその冷たい空気が嫌いだ

 

話し掛けてもほとんど返事をしない

話をしようと手をかけても振り払うかのような、避けるかのような仕草をする

目もあわそうとしない

 

 

そんな聖がとても嫌いだ

 

 

 

とても嫌いで

 

 

 

 

とても愛おしく感じてしまう

 

 

 

 

それでも彼女を傷つけてることには変わりは無く、

もう二度とそんなヘマはすまいとその度に誓うのだが

 

彼女のスイッチがいまいちまだ掴めていないのは事実だ

 

 

だから今までにも何回かそうなったことはある

 

 

 

 

しいて言えば

雪女という言葉はとても似合う

 

 

 

冷たい

寒い

彼女と同じ空気なんて吸っていられないくらいに肺をしめつけてくる

 

 

 

 

 

 

そんな考えをめぐらせているかの間にいつの間にか1次会は2次会へと場所をかえており、

時計は9時を指していた

さすがにまずいと思った私は友人達の制止を振り払って店を出た

 

 

「蓉子さん!」

 

 

ふと、店をでたところで聖を少し重ねてしまった青年が呼びかけた

私はタクシーを呼ぼうか、その前に聖に一度連絡をしたほうがいいのかと

携帯を手にしながら悩んでいたところだった

 

「あの、今日は出席してくれてうれしかった。でも何か急いでたみたいなのに引き止めちゃってごめん」

「いいのよ。どのみちあの状況じゃ抜けられなかったもの」

「あ、もし、良ければだけど……」

 

その時、嗅ぎ慣れた匂いが鼻を掠めた

そう彼女がよく吸っている匂い

 

それはもう何度もやめてって言ってもやめてくれなかったから諦めていたものだった

 

もちろんそれは別に彼女のためだけに作られたものじゃなくて

市販で売られているものだから通りすがりの人々が吸っていてもおかしくないはずなのに

 

 

 

東京はとても狭くて

空はとても暗くて

それに反するかのように人工的な明かりはたくさんついてて

人で溢れ返っているこの町の小さな飲み屋の目の前で

 

 

たった一人の人に会うはずがないと思っていたのに

 

 

 

 

 

 

 

 

聖はいた

 

 

 

 

 

 

それは5mくらい離れたところに、ガードレールに腰を掛けて

 

その匂いを漂わせて

 

じっとこちらを見ていた

 

 

 

 

「蓉子さん?」

 

青年が何を見ているのかとでも言うかのように聖に釘つけで離れられない私の目の前に

私と聖を遮るかのようにまわりこんで私の顔を覗き込んできた

 

 

「あ……」

「え?」

 

私の視線の先に気付いた青年は、聖の方に目をやる

 

「……あなた」

 

 

偶然の仕業か、それともマリア様のいたずらか、

彼は聖に声をかけた

 

聖は目の前にやってきた青年なんかに目もくれず、ただ私をじっと見ていた

 

「歩き煙草は罰金をとられますよ?」

 

正義感が強いのか、それとも蓉子が聖のことを見てたのはそれの煙に対する嫌悪からと思ったのか、

私からしてみれば

とても命知らずなことを言ってのけた

 

 

聖はというと、3秒くらいの間をとって、やっと彼の方を見た

「………だから?」

 

 

聖はとても綺麗だ

女の私でも見惚れてしまうくらいドキッとする表情や仕草の持ち主だ

青年も少し戸惑って、それでも勇気を振り絞るかのように続ける

 

 

「それに煙草は吸う人よりも周りの人の方への害が強いんですよ。悪いと思わないんですか?」

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあ…」

 

 

 

聖は一息置いて、あの目でじっと再び私を見据えた

 

そして

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「人の恋人を盗ろうとするのは悪いことじゃないのかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っ聖!!」

 

 

 

聖はそれだけ言うと車の交う大通りをいとも器用にすりぬけて向こう側へ消えてしまった

 

 

 

 

私は無我夢中で聖のことを追いかけた

 

 

 

傷つけた

いつもこうだ

 

傷つけないようにそっと、そっとしとくとそれでまた傷つかせる

あと1歩のところが踏み出せずにいて

それで

聖の脆くて

儚い

繊細な心を傷つける

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局、追いついたのは二人で暮らしているマンションだった

どうやら聖は車だったらしい

いつになっても追いつかないわけだ

部屋に入るなり、ベッドへ向かう聖の腕を掴むと、こちらを振り向かせる

聖は当然それを振り払おうとしたけれど、ありったけの力を込めて掴み続けてみせた

そして、こちらを振り向かせた時の聖の顔が

とても

 

 

とても

 

 

 

 

 

悲しい

 

 

 

 

泣きそうな顔だった

 

 

 

 

 

 

「ごめんなさいっ、ごめんなさい、聖」

 

無我夢中で聖の顔に両手を添え、その顔を覗き込んだ

自分より少し高い位置にあるその顔は陰がかかっていて

暗い部屋の中ではそれっきり表情は見て取れることができなかったが

どんな顔をしているのかはわかる

泣きたい

泣けない

そんな顔だ

 

 

「聖、泣かないで」

 

「……泣いてないよ」

 

「泣いてるわ」

「泣いてないって」

「聖」

「私が泣くわけないじゃない」

「聖!」

「だって…」

 

それ以上言わせまいと、その唇を塞ぐ

煙草の味がするその唇は震えていた

何度も何度も深く口付けているうちにその震えは収まり、聖の顔にも少し落ち着きが見えた

 

 

「6時に帰るって…」

ベッドに座らせ、胸で聖の頭を抱くように抱き締めるとポツリポツリと聖の口から零れてきた

「そう言ったのに帰ってこないから」

「………」

「何か事故にでもあったんじゃないかと思って」

「………」

「車で大学へ行こうとしたら途中で蓉子が見えて」

「……え」

「10人くらいの人に囲まれていて何か楽しそうだから」

「……あぁ…」

「その場に乗り込んで交ざっちゃおうとも思ったんだけど」

「クスッ……けど?」

「さっきのヤツが」

「………?」

「蓉子のこと見る目が友達って目じゃなかったから」

「……聖」

「悪戯心も失せて、次第に頭にきて」

「…………」

「でも、こんな遅くに飲んでる蓉子を一人で帰らすのもあれだから待ってたんだ」

 

悪いのは私なのに

約束を破ったのは私なのに

連絡もしなかったのは私なのに

 

 

それでも聖は私の心配をして、待っていてくれたのだ

そういえばあのガードレールに腰を掛けていたときも足元にはたくさんの吸殻があった

人通りの多い道だったから車を停めてそこで待っている訳にもいかず、

わざわざ近くのコインパークに停めて自分が出てくるのを待っていてくれたのだ

 

 

そんな聖の優しさが

嬉しくて

泣けてきた

 

 

 

「ありがとう、聖」

 

 

 

 

 

 

 

 

聖はこどもみたいだ

独占欲が強くて

甘えん坊で

 

 

可愛くて

愛おしくて

 

 

 

しかたない

 

 

 

 

 

それは煙草の煙のように

少しの風がふいただけで揺らいでしまうものではない

 

決して揺らぐ事のない想い

 

 

二人はそれを確かめ合うかのように

交ざって、眠りについた

 

 


愛しい恋人の頭を抱きながら蓉子は

聖に煙草をやめさせないと、と心に誓った

 

 

 

恋人達の夜は更ける……

 

 







 

Fin

 

 

後書き